和包丁を選ぶ基準はいくつかあるのですが、その中でみなさんが最も重要視される要素が“鋼の種類”だと思います。
切れ味や刃持ちをはじめ、鋼は種類によって異なる様々な特性を持ちます。
あなた自身の使用環境に合わせて最適な鋼材の包丁を使用することで仕事の効率も大幅にアップすることかと思います。
これからお伝えする鋼の種類とそれぞれの特性を把握してあなたの最適な包丁選びの一助となれば嬉しく思います。
まず、ざっくりと“見習い” “中堅” “熟練” と料理人さんを3つに分けて、お薦めの鋼材をそれぞれお伝えします。
-見習いクラス-
◆白3鋼
◇AUS鋼
-中堅クラス-
◆白2鋼・青2鋼
◇銀3鋼・V金10号
-熟練クラス-
◆白1鋼・青1鋼
◇銀3鋼・V金10号
◆=錆びやすい ◇=錆びに強い
まるよし刃物では料理人の方々の熟練度に応じて上記のように和包丁の鋼材をお薦めしております。
これまで1000本以上の和包丁を数百名のお客様に販売してきた経験をもとに、その理由をこれからお伝えします。
目次
和包丁の鋼材は料理人の使用環境と熟練度に合わせることが重要!
あなたがもし、鋼の種類についての漠然とした知識で、なんとなく「白紙は切れる」や「青紙は刃持ちが良い」と思っているのでしたら、その知識を利用され、逆に売り手にとって都合の良いだけのあなたにとってメリットの少ない包丁を買わされてしまう恐れがあります。
また、あなた自身の熟練度や使用環境からかけ離れた鋼材の包丁を使用して仕事の効率を落としてしまうかもしれません。
これからお伝えする和包丁の鋼材の種類と各特性を正しく理解していただくことでそのような悲劇とは無縁の料理人人生を歩むことが可能です。
また、そうやって正しく選んだ包丁はあなたの日々の仕事をより充実したものに導いてくれることかと思います。
ぜひ、あなた自身の料理人人生における最愛のパートナーを常に選択できる和包丁の鋼材に対する慧眼を身につけていただければと思います。
和包丁の鋼材の選び方
あなたの熟練度や使用環境に合った最適な鋼材の和包丁を選ぶために、まずは和包丁にはどのような種類の鋼材があるのかを把握しておくことをお薦めします。
鋼材によってその特性もかなり異なりますので、以下の鋼材とその特性を知り、最高の包丁に出会うための糧としていただければ幸いです。
1.和包丁の鋼材の種類
まず、和包丁の鋼材は“炭素鋼”と“ステンレス鋼”に大別することができます。
そして、炭素鋼とステンレス鋼にもそれぞれ複数の種類の鋼が存在し、その特性は大きく異なります。
以下に、炭素鋼とステンレス鋼の種類とそれぞれの特徴をまとめておきます。
(1)炭素鋼
炭素鋼とは主に日立金属株式会社が鳥取県安来市の工場にて製造された“安来鋼(やすきはがね)”を使用した鋼です。
安来鋼は刃物をはじめ、ハサミや農工具など様々な鉄製品の原料として使用されています。
そして、和包丁に使用される安来鋼は “黄紙” “白紙” “青紙” がメインとなります。
この“黄紙” “白紙” “青紙”というのは日立金属が商品となる鋼を識別するためにラベルとしてその色の紙を貼り付けて管理していたことに由来すると言われています。
この3種が和包丁に使用される炭素鋼としてはメジャーですが、他にも種類があり、それぞれ特性が異なります。
以下の図が炭素鋼系刃物の位置付けとなりますので、ご確認ください。
では、それぞれの鋼について詳しく見ていきましょう。
①青鋼
別名、青紙と呼ばれる種類の鋼で、滑らかな切れ味に加え、耐摩耗性に優れ、切れ味が長持ちします。
“青1鋼”と“青2鋼”が存在し、その違いは炭素含有量で、青2鋼に炭素を加えたものが青1鋼となります。
青1鋼
メリット
・滑らかな切れ味
・滑らかな切れ味が持続する
デメリット
・刃が非常に硬いので相応の研ぎの技術が必要
・かなり高価
・錆びに弱いので手入れの手間がかかる
青2鋼
メリット
・安定した切れ味
・切れ味の持続も申し分ない
・青1鋼よりも砥石の乗りがよく研ぎやすい
デメリット
・高価
・錆びに弱いので手入れの手間がかかる
※青紙S(スーパー)については割愛します
青鋼は後述する白2鋼にクロムとタングステンを添加した低合金鋼となります。
そのため、白鋼よりも刃に粘りが出るので刃が欠けにくいという特徴があります。
お伝えした通り、青鋼を使用した包丁は切れ味と刃持ちを高い水準で両立します。
その分、お値段も高価になります。
②白鋼
別名、白紙と呼ばれる種類の鋼で、原材料は純度の高い砂鉄です。
白鋼は鋭いシャープな切れ味が最大の特徴です。
炭素含有量の多い順から、白1鋼→白2鋼→白3鋼と分類されます。
白1鋼
メリット
・全ての鋼材の中で最大の切れ味の鋭さを持つ
デメリット
・刃が硬いので研ぎに熟練の技術を要す
・刃が硬いので欠けやすい
・白1鋼を扱える刃物職人が少ないため希少性が高い
・非常に高価
・錆びやすい
白2鋼
メリット
・十分にシャープな切れ味
・研ぎの難易度も高くはない
・コスパが良い
デメリット
・青鋼ほど刃持ちがよくない
・使い方を誤ると刃が欠ける
・錆びやすい
白3鋼
メリット
・初心者にも研ぎやすい
・刃に粘りがあるので欠けにくい
・価格がリーズナブル
デメリット
・切れ味に劣る
・錆びやすい
③黄鋼
別名、黄紙と呼ばれる半分砂鉄系という 白紙よりも不純物の多い鋼材です。
白鋼は黄紙から不純物を取り除いたものと言い換えることもできます。
黄紙2号と黄紙3号があり、刃もやわらかく研ぎやすいので初心者向きの鋼材となります。
しかし、本職の料理の現場には少々物足りないスペックかもしれません。
安価なので使用頻度の極端に少ない種類の包丁などには良いかもしれません。
④SK材
SK材は包丁に限れば、家庭用の低価格帯の包丁に使用される場合が多い鋼材です。
0.55%〜1.5%の炭素含有量で、クロムやモリブデンなどの合金元素を添加されていないものとされています。
本職の料理の現場での出番は限られたものとなるでしょう。
(2)ステンレス鋼
続いてステンレス鋼について確認していきましょう。
ステンレス鋼の最大の特徴は“錆びに強い”ことです。
ステンレス鋼が錆びに強い理由は、クロムを多く含有しているからです。
クロム10.5%以上・炭素1.2%以下(JIS規格)がステンレス鋼とされていますが、和包丁に使用されるステンレス鋼はクロム含有率13%以上、炭素含有量1.1%以下の鋼材となります。
ちなみに、青鋼にもクロムは含まれていますが、含有率は青1鋼で0.40%、青2鋼では0.35%とごく微量です。
上に挙げてきた炭素鋼は日立金属製(青紙・白紙・黄紙)ですが、これから挙げる銀3鋼以外は日立金属以外の製鋼所が製造しているものとなります。
ちなみに日本の包丁はこれら各製鋼所から提供されているマテリアル(鋼材)を鍛造などの加工をすることで刃物にしています。
和包丁に使用されるステンレス鋼にも複数種類があり、それぞれ特徴がありますので、見ていきましょう。
包丁に使用されるステンレス鋼の種類の硬度と炭素・クロム含有率は上記の通りです。
それでは各ステンレス鋼の特徴を詳しく見ていきましょう。
①銀3鋼
別名、銀紙3号、白紙鋼に13%以上のクロムを加えた鋼材。
硬度が高く、炭素鋼に劣らない切れ味に定評があります。
また、錆びに強いので手入れに気を使う必要はありません。
銀3鋼
メリット
・錆びに強い
・十分な切れ味
デメリット
・非常に高価
②V金10号
VG10という略称で呼ばれることも多いステンレス鋼。
高濃度の炭素やクロム、コバルトを含みます。
よく切れ、耐摩耗性に優れ、刃に粘りを持たせてあるので欠けにくい人気の鋼です。
ただ、加工が困難なので優れた職人の手によってのみ加工が可能で、希少性が高いです。
V金10号
メリット
・よく切れる
・刃持ちが良い
・刃が欠けにくい
・錆びに強い
デメリット
・高価
・加工が困難で希少性が高い
③AUS鋼
AUS-8、AUS-10があり、低価格で研ぎやすく、ステンレス包丁の中では新人さん向きと言えます。
AUS鋼
メリット
・価格がリーズナブル
・錆びに強い
デメリット
・切れ味に劣る
④モリブデン鋼
モリブデンやバナジウムを含む鋼を総称してモリブデン鋼と呼ばれることが多いです。
主に洋包丁に使用されますが、一般的なステンレス包丁といえばモリブデン鋼のものも多いです。
和包丁に使用されることは稀ですが、参考までに記載させていただきます。
2.価格
まず、和包丁を選ぶ基準として当然のことながら予算は重要だと思います。
高ければ良いというわけではなく、ご自身の熟練度や使用環境に合わせた中からもっともコストパフォーマンスの高い鋼材の包丁を選ぶ必要があるかと思います。
上の図のように価格が高い鋼材ほど硬度も高く、研ぎや管理といった面での扱いの難易度も高くなる傾向にあります。
新人さんが頑張って白1鋼や青1鋼などの高価な鋼材を使用した包丁を購入されても研ぐことができなければお蔵入りになってしまう恐れすらあります。
逆に熟練した技術を擁し、独立してこだわりの創作料理を出されるような板前さんの包丁が必要レベルに満たないスペックの安価なものだとご自身の納得のいく料理の質を担保できないかもしれません。
熟練した高い水準の技術によって製造された和包丁に限って言えることですが、価格の高さは料理人の技術の熟練度に応えてくれるものだと感じます。
もちろん、価格がすべてではなく、和包丁の種類や、調理内容、使用環境によって最適な鋼材も変わってきます。
和包丁の鋼材の選び方として、価格という指標は切り離せないものです。
各鋼材の特性と合わせて価格としての位置付けを把握しておくことで、あなたの和包丁選びから失敗という選択はなくなることかと思います。
3.切れ味・刃持ち
和包丁の鋼材を検討する際に、もっとも注目される点としては“切れ味”と“切れ味の持続”だと思います。
切れ味に関しては純粋な鋼の硬度(炭素含有量)がもっとも影響を与えているとも言えるのですが、添加される成分によって切れ味の性質が異なります。
たとえば、白1鋼と青1鋼では鋼の段階では炭素含有率は同じ1.30%(製造段階により変動)ですが、青1鋼にはクロムが0.40%、タングステンが1.5%添加されていることによって白1鋼の鋭いシャープな切れ味とは異なり、表現が難しいのですが、滑らかな切れ味といった白1鋼とは異なるテイストの切れ味のものに仕上がります。
また、刃持ちに関しても添加されたクロムによる粘りの恩恵によって青鋼の方が白鋼よりも切れ味が持続する傾向にあります。
このように鋼材によって切れ味や切れ味の持続性が異なることを知っておくと正しい和包丁選びの役に立つと思います。
4.研ぎやすさ
基本的に和包丁は価格が高くなるほど扱いの難易度が高いです。
熟練した研ぎの技術が必要とされ、相応の砥石を使用した上で、時間と労力も費やさなければなりません。
基本的には硬い包丁ほど研ぎの難易度は高く、適度に粘りのある包丁は研ぎやすいです。
そして、高価な和包丁は切れ味に比例して硬い傾向にあるため研ぎが難しく、リーズナブルな価格帯の和包丁は硬さでは劣る分、研ぎやすい場合が多いです。
5.防錆性
上位の炭素鋼特有の圧巻の切れ味は魅力的なものです。
しかし、職場によっては調理場の衛生規定などで、ステンレス包丁しか使用が許可されないケースもあると思います。
加えて、仕事内容やその環境によって炭素鋼系の包丁だと手入れや管理まで手が回らないこともあり得ます。
銀3鋼やV金10号など上位のステンレス鋼を使用した包丁であれば、必要にして十分な切れ味と刃持ちを合わせ持ち、その上、手入れや管理にかかる手間を圧倒的に軽減可能なため、その分を他の優先順位の高いことに時間を割り振ることもでき、気持ちの面での余裕が生まれるかもしれません。
この気持ちの余裕というのは、料理へのクリエイティビティや仕事の質に直接的な影響を及ぼすと言っても過言ではないかもしれません。
防錆性や刃こぼれなどの不安材料を払拭可能なステンレス鋼の優位性と炭素鋼の無類かつ極上の切れ味、天秤にかけた際にあなたにとってメリットが多いのはどちらでしょうか?
6.和包丁の鋼材を科学的に知る
日本では安土桃山時代に発祥されたとされる600年以上の歴史を誇る伝統的な和包丁の文化ですが、現代科学によって分子レベルまで細分化されることで更なる進化を遂げています。
我々現代人は自動車を運転していても、どのような原理で自動車が走ったり止まったり曲がったりしているのか説明できる人はほとんどいないと思います。
それは、おそらく自動車を商売道具として毎日何百キロも運転しているタクシーの運転手の場合でも同様だと思います。
和包丁も同じように、なぜよく切れるのか?なぜ錆びるのか?なぜ刃が欠けやすいのか?を科学的に説明できる料理人は少ないです。
しかし、包丁の鋼材を科学的アプローチをもってして理解することで、あなた自身に最適なものを選ぶことができるようになるだけではなく、その包丁の特徴に合った最善の使い方がわかるようになるので、仕事の効率の飛躍的向上が見込まれます。
分子レベルで理解することで、最適な扱い方も可能となるので、トラブルも減らすことができるようになるはずです。
これまでお伝えしてきたことだけでも和包丁に関する十分な科学的知見を身につけることができたと思います。
和包丁を科学的に理解するためのポイントは2つだけです。
・炭素量
・成分
この二つを押さえておくだけで、今後あなたは和包丁を選ぶ際にご自身に合った最適な鋼を選び出すことが可能になり、その性能を100%引き出して仕事に活かすことが可能となります。
これまでお伝えしてきたことのポイントをまとめておきますので、整理してご理解いただければと思います。
(1)炭素含有量
和包丁の鋼を構成要素として切れ味にもっとも影響を与えるものが炭素です。
炭素含有量が多いほど、その鋼の硬度は高くなります。
比率としては1%前後とかなり少ないのですが、0.1%増減するだけで切れ味に体感でわかるほど明らかな差が生じます。
以下の鋼ごとの炭素含有率と硬度(HRC)をご確認ください。
炭素含有率が同じでも鋼の種類によって硬度が異なるのは添加されているタングステンなどの硬合金の影響によるものです。
加えて、図で示されてた硬度はマテリアル(素材)の状態での硬度です。
優れた職人の手によって製造された和包丁は含有される炭素量が増加します。
これは、鋼の成分、鍛造や製作工程の良し悪しによって変化する要素ではあるので、一概には言えるものではないのですが、炭素量の多い鋼ほど切れ味は良く、刃持ちも良い反面、研ぎの難易度は高くなり、刃も欠けやすい傾向にあります。
炭素の多寡が鋼の硬度をある程度決定づけるという認識で問題ないかと思います。
(2)成分
また、鋼の成分によって製造工程の細かい部分が違ったり、製造の難易度が変わります。
これは、刃物を製造する職人の得手不得手によるところもあるかもしれませんが、その鋼材自体を刃物に加工する難易度がそもそも高いといった鋼材が存在するのも事実です。
和包丁の製造においては白鋼(白紙鋼)の焼入れがもっとも困難とされています。
焼入れの温度管理は極めて厳格である必要があります。
特に白1鋼の※水本焼は熟練の職人でも急冷の際に刃が割れてしまうこともあるくらいです。
(※水本焼とは、鉄などと貼り合わせていない純粋な鋼のみで作られた包丁(本焼包丁)で、焼入段階の冷やす手段にも水冷却や油冷却、空気冷却があり、白鋼の場合は水で急冷しないと焼きが入らず質の低い包丁となる)
対して、青鋼はクロム(粘りを出す)やタングステン(硬度を出す)が添加されているため、鋼そのものは白鋼よりも焼入れの難易度は高くはないですが、だからといって、並の職人では質の低い仕上がりになってしまうことは言うまでもありません。
これは刃物全般に言えることですが、たとえば、日本刀を名刀たらしめるか、逆にナマクラのレッテルを貼られるかの瀬戸際は“焼入れ”にあると言えます。
そして、鋼材ごとに最適な焼入れの熱処理の温度や冷却方法や、それら塩梅は異なります。
鋼は一定温度以上で金属組織が変化する“変態”を起こします。
この“変態”を起こす“変態点”の温度は鋼によって異なり、最適な温度・時間、冷却方法から外れた焼入れを行なってしまうと、炭素や他の成分に偏りが生じ、粗悪な刃物に仕上がってしまうということです。
まとめ
以上のお伝えしてきたことをある程度把握していただけたなら、あなたの使用用途に応じた各包丁でそれぞれどの鋼材が最適なものか見当がつくことかと思います。
より高い精度で失敗しない包丁を選び出したい場合は、まるよし刃物 吉田までお問合せください。
あなたに合った最適な和包丁選びのお力になれると思います。
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(まるよし刃物 担当:吉田)